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日能研 
今日は、中学受験の天王山と言われる2/1~2/3のうちの、一日目だ。

電車の中でも、受験生と思われるお子さんと親御さんのペアを多く見かけた。

僕は小学校の頃、日能研に通っていた。
日能研という塾のノウハウは、今思い返しても、本当にすごいと思う。
合格実績等が素晴らしいのは当然なのだが、更にすごいのが、生徒がみんな
楽しんで勉強していることである。僕は勉強嫌いなので、後にも先にも、
あんなに勉強が楽しかったことはない。
当時、学校の勉強は嫌いという友人も、日能研での勉強は楽しい、とみんな
言っていた。「みんな」と言うと大袈裟に聞こえると思うが、本当にみんな
だったのだ。日能研では学力別にクラス分けがされており、僕のときは
7クラスあったが、一番上から一番下のクラスまで、みんなが充実した顔で
楽しく通っていた。仲も良かった。

小学校の先生から「子どもの時からそんな競争に晒すのは良くない」という
ような、塾に対する批判めいたことを言われたことがあり、「塾は楽しいです」
と反論したのを覚えている。「子どもの俺たちが楽しんでるのに、一体何を
勝手に言ってるんだ。」と思っていた。その背景には、日能研のノウハウが
あったものと思う。厳しい競争環境を醸成しつつ、同時に絶妙なフォロー
システムを持っていたのだと思う。僕もそうだが、競争がないと頑張れない
人は多いと思う。一方、良いフォローシステムのない冷徹な競争は、
脱落者を生んでしまうため、弊害があるのだと思う。

僕自身、一応一番上のクラスから始めさせて頂いたのだが、4年生の時
全く復習せずにただただ授業とテストを受けていたところ、偏差値が
49まで落ち、一時、下から3クラス目まで5段階も落ちていった経験を
持つ。塾には自分から通い始めたため、親から「お金が勿体無いから、
勉強しないなら辞めてもらっていい?」と言われ、慌てて勉強を始めた。
日能研が好きだったので、辞めたくなかったのだ。

そしてこの成績乱高下のおかげで、各クラスそれぞれの雰囲気の違いや、
クラスごとの指導方法の違いにも触れることができた。日能研の先生たち
は、それぞれのクラスに応じたモチベーションの高め方を知っており、
僕はどのクラスにいるときも毎日楽しんで塾に行っていた。それぞれの
クラスで、「このクラスが好きだ」と思っていたのを覚えている。
メンバーは入れ替わるのに、あの一体感というか、帰属意識みたいなもの
はなんだったのだろうか。

偏差値49だった僕も、日能研のおかげでその後上昇気流に乗ることができ、
最高で79までアップした。たまに巷で「偏差値20アップ!」みたいな広告
を見ると、あのときの僕の急降下具合は広告効果が見込めるくらい
ハンパじゃなかったんだなと気づかされる。

仕事でも頭の回転が遅いときが多々あるが、「偏差値49なんだから頑張
らなきゃ」と思って、地道に泥臭く戦うことができているような気もする。

そんなこともあるので、いま小学生の皆さんは、仮に今日うまくいかなかった
気がするようなことがあったとしても、最後まで諦めず戦って頂きたい。

頑張れ受験生!

Nichinouken
たまたま日能研の壮行会に出くわした。とても懐かしい風景だった。
「頑張れー!」と声をかけたが、みんな塾最後の日で記念撮影などに
忙しく、誰の耳にも届かなかった。
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